自然言語に広くみられる、不規則的・非合理的な文法、あるいはそれによる表現の限界、またこれを母語として幼い頃から話す人が知らずのうちに負ってしまうことになる文化的に偏った世界観、そういった束縛から人間のコミュニケーションを解き放つことを目指して創られたのがロジバンです。 有名な人工言語の多くはヨーロッパの言語を元にしたヨーロッパ人向けのものですが、そのような傾倒がロジバンにはありません。 西洋語のみならずヒンディー語やアラビア語や中国語からの言葉を精巧なアルゴリズムで融合させることで生まれたその語彙の1つ1つは、なるべく多くの異言語話者にとって公平な次元にあります。 万能な記述形態として名高い述語論理(predicate logic)に基づくその文法は、特定の語派系統に縛られない多様・非曖昧な文の作成を可能にしています。 中立的であり多才であるというロジバンのこの性格は、誕生年をちょうど1世紀さかのぼるエスペラントなどの経験を批判的に活かしながら現代の言語学・論理学・プログラミング学を踏まえた設計に支えられているものです。
ロジバンの中身はきわめて体系的であり、不規則性は排除されています。 文法の要素は個別のモジュール(部品)として扱えます。 例えば ca ca'o citka は「今」(時間点)と「最中」(時間相)と「食」(述語)を表す個別の語を並べた「食べている」という意味の文です。 「食べていた」は時間点が変わるだけなので、 ca を pu に替えて pu ca'o citka とします。 時間点を伏せて ca'o citka としたり、時間相を伏せて ca citka としたり、どちらも伏せて citka とだけしても、文法的です。 言葉の形には動詞・形容詞・副詞といった違いはありません。 sutra citka は「速く食べる」、それを逆さにした citka sutra は「食べるのが速い」となります。 合成語の素となる言葉(語根)は約1350あります。 ロジバンでは発音と綴りが一致し、一般のコンピュータに備わるASCIIのキーボード・レイアウト(日本語のローマ字入力に使うもの)でそのまま文章を記述することができます。
ロジバンにまつわる誤解は少なくありません。 例えば、「人間の言葉というのは曖昧であってこそのものであり、それを排除したような言語はつまらない」という声があります。 ロジバンから除かれている曖昧性というのは、あくまで音韻論(発音)・形態論(語形)・統語論(構文)についてのものであって、意味論(意味)についてのものではありません。 ロジバンで物事をごく漠然と表現するのは至って可能なのです。 話者が選ぶことです。 ロジバンは話者の自在性に尽くします。 「論理的な言語は人間の感情を十分に表すことはできない」とする声もあります。 ところがロジバンは、感情・態度を表現するための特殊な語類と仕組を備えています。 ちょうど日本語で「美しい」「美しいね」「美しいよ」といった区別がなされるように、ロジバンでも同様の(さらにはより精細な)心の振る舞いの表し分けができます。
上述の利点に加え、展望として、異なる自然言語の間の自動翻訳、文学作品の創作、科学文献の記述、それから人工知能の研究などにおいて、ロジバンを応用できるでしょう。
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